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日韓併合の真実

ヘンドリック・ハメル(オランダ東インド会社社員)

「朝鮮人は盗みをしたり、嘘をついたり、だましたりする強い傾向があります。彼らをあまり信用してはなりません。他人に損害を与えることは彼らにとって手柄と考えられ、恥辱とは考えられていません。」。

朝鮮王妃・閔妃暗殺事件(乙未事変)の嘘お知らせ

閔妃暗殺事件、または明成皇后暗殺事件、乙未事変と言われる事件で、李氏朝鮮の第26代国王・高宗の王妃であった閔妃(ミンピ)が殺害された事件です

明成皇后などという“皇后”なんて名を課したのは、後年のことで当時は閔妃と呼ばれていたのでこのサイトでは閔妃暗殺事件とします。



閔妃

この事件はなんと韓国では日本人が行ったことになっています。

いや、韓国だけでなく、日本の某反日漫画や某テレビ局で放送された番組でも日本人のせいにしていましたが・・・。



閔妃暗殺を日本人のせいにする漫画

この事件は、日本人が起こしたと韓国では考えている人が多いですが、この事件について韓国の反日主義者ですらこれまで何の騒ぎも起こしていません。

なぜならこの事件は、当時の朝鮮国王によって、犯行に加わった全員、並びにその家族に至るまで処刑されているからです。

朝鮮国王は主犯格の犯人に対して、刺客まではなってこれを殺害しています。

日本も、国際的な非難を畏れ、本件事件に関与したといわれる人物を逮捕・拘留し、徹底的に調べているけれど、犯行への関与は完全に否定されています。

しかも、暗殺の事件当時に「
現場に居合わせた」朝鮮国王によって、明確に裁かれたなんの疑いもない事件です。

これが日本人のせいだと騒がれだしたのは、2005年です。

なにより殺され方が日本人のやり方には程遠い。

「王妃をひきだして、2〜3ヵ所に切り傷を負わせ、かつ、裸体にして笑いながら、また怒りながら、王妃の局部を念入りに検査し、最後に油を注いで閔妃を殺害した」
(朝鮮王妃事件関係資料・ペン書き)

とあります。

それに対して、日本の暗殺は実にかっこいい(参考)。
日本人の歴史的な暗殺で強姦や破廉恥な行為を伴う行為は、皆無です。

何より、国王である高宗自身が、「王妃を殺したのは、不貞の私の部下だ」と証言しており、現場にいた王子の純宗は「国母を殺したのは、禹範善だ」と名前まで証言している。

さらには、実行部隊隊長の朝鮮人・禹範善は、「王妃を直接殺したのは、私です」と証言しています。

現場に居た旦那である国王と息子が殺した人を見ていて、知っている人だったのです。そして、殺した人も自供しています。

何故、これが日本人の仕業になっているのか不思議でなりません。
某テレビ局と某漫画家はどのような証拠の元に、日本人の仕業にしているのでしょうか。


さて、閔妃は一体なぜころされたのでしょうか。

閔妃は1866年に15歳で王宮に入ると、1873年には国王の父である大院君を追放し、自分の一族で政治の実権を握る様になります。
閔妃は唐書日本から軍事顧問を呼び寄せ、日本のような近代的な新式軍隊を創設したりするなど、積極的な開化政策を実施します。

しかし、新式軍隊がお気に入りとなった閔妃は、従来の軍隊に給料も食事も出さず放置します。

その待遇に不満を持った従来の軍隊が1882年に閔妃殺害を企み、王宮に乱入します。

そして、その場にいた日本人の軍事顧問やその家族を含め、王宮内の要人たちが、実に残虐極まりない方法で殺されるという事件がおきます(壬午軍乱)。閔妃の身代わりとなった侍女は、死ぬまで強姦されつくしたあげく、五体をバラバラに切断されて殺害されています。

暗殺から逃げた閔妃は、清の袁世凱のもとへ逃げ込みます。
そのことが遠因となって日清戦争へと進むことになります。

その他にも閔妃は、日本が苦労して築いた鉄道の利権をロシアに勝手に売り払ったり、閔妃通貨を勝手に発行したりして国内を大混乱に陥れるなどやりたい放題のことをしています。

王宮を追放された国王の父・大院君は閔妃を「国家存続を脅かすもの」として、政局に復帰し閔妃追放運動を始めます。

閔妃はそれに対抗して、清やロシアに取り入り、朝鮮国内は閔妃側と大院君側に二分します。

その中で大院君側が起こしたのが、閔妃暗殺事件です。

これを日本人のせいにする韓国人やそれを信じる日本人も居なくなるようにこのページの拡散をお願い致します。