本文へスキップ

日韓併合の真実

ヘンドリック・ハメル(オランダ東インド会社社員)

「朝鮮人は盗みをしたり、嘘をついたり、だましたりする強い傾向があります。彼らをあまり信用してはなりません。他人に損害を与えることは彼らにとって手柄と考えられ、恥辱とは考えられていません。」。

迎恩門とは迎恩門とは


迎恩門
迎恩門とは、ソウルにある独立門が建っていた所に建っていた門で、支那の属国であった朝鮮王朝の歴代の王が、支那からの使者を迎える為の門です。

普通に迎える訳ではなく三跪九叩頭の礼と言って、土下座をして3回頭を地面に打ち付けて起立をするという行為を、3回繰り返すので、合計9回頭を地面に打ち付けるというえげつない迎え方である。

さらにえげつないことに、これを朝鮮王朝の国王が支那の皇帝ではなく、ただの使者に行うという屈辱的な関係であるというオマケまでついている。


屈辱の姿勢をとらされる朝鮮王

そしてその後に使者に貢物まで献上させられます。

朝鮮半島にはこれと言って産業が何もない為、献上するのは特産品ではなく、女性か少年でした。

そんな屈辱的な状態から朝鮮王朝を救いだしたのは日本です。

朝鮮王朝を支配していた清国を、日本は日清戦争で打ち破り、1895年の下関条約で、朝鮮王朝の独立を清国に認めさせました。

それに喜んだ朝鮮の独立協会は募金を募り、迎恩門を取り壊し、1897年に独立の記念として新たに独立門を同じ場所に建てました。


ソウルの独立門。前の二本の柱は迎恩門の名残。

なのでこの独立門は、当たり前ですが設立は日韓併合前であり、日本からの独立の記念ではなく、支那の属国から独立した記念に朝鮮人の手によって建てられた門である。


下にあるのが朝鮮王朝の国旗です。


朝鮮王朝の国旗

少し読みにくいですが、「大清国属」と書いてあります。

国旗にまで書かされているくらい、朝鮮王朝も認めていた属国であった訳です。

それを解放したのは、日本です。

韓国では、ほとんどの人が独立門は「日本からの独立」を記念して建てたものだと思っています。

しかし、前述したように支那からの独立を祝って朝鮮人が建てたものです。

こういった嘘を平気で積み重ねて、世界に発信しているのが韓国です。

日本人に関わる嘘は、その都度直して行かなくてはいけないぐらい嘘が広がっている危機感を持って行かなくてはなりません。

なるべく多くの人に伝えたいので、拡散よろしくお願い致します。